この話の前に実はこんなことがあったらいいなの妄想
※仙蔵視点ですが誰?って感じの姫様が喋りますのでご注意を









自分を雇ったのは、さる大名の姫君だった。
齢は十五、錚々たる大名方から求婚の以来の絶えることのない姫君だという評判だった。一介の忍に過ぎない自分の耳にも入ってくるほどに、彼女の容貌の美しさとその聡明さは以前から噂となって轟いていた。
けれどもその美しさは皮肉なことに徒となった。彼女を巡って始まった戦は拗れに拗れ、今無数の兵の犠牲を出していた。戦を終わらせるために、要である彼女を討ち取る人間がいつ出てきてもおかしくはない状態だった。
そのために自分は雇われた。彼女を遠くへ逃がし、その身代わりとなるために。


身代わりをする前に一度謁見をするようにと命じたのは他でもない、彼女だった。
不安げな顔をした侍従たちが取り囲み、顔を上げることすら許されない部屋の中で、仙蔵はただ膝を付いて視線を伏せていた。
不意に一段高い御簾の中で気配が動いた。しゃら、と扇子の鳴る音が聞こえて、仙蔵はぴくりと肩を震わせた。
「そなた、名をなんと申す」
鈴が転がるようなよく通る声が御簾の中から聞こえた。濁りのない、自信に溢れた澄んだ音だった。顔は見えずとも、その声から彼女の清廉な美しさが見えるような気がした。
「立花仙蔵と、申します」
「面を上げよ」
その言葉に従うままに、仙蔵は眼差しを持ち上げた。自分が今膝をついている部屋は明るいが、御簾の中はほの暗い。自分が彼女を見ることはないが、御簾の中からは自分の顔が良く見えているのだろう。
「ほう」
面白がるような声が御簾の中から聞こえた。
「その容貌で忍者か」
「はい」
「まあいい。確かにその髪は、私のものに良く似ている」
しゃら、とまた扇子の鳴る音がする。それと同時に長い髪が着物に流れて落ちたのが、薄ぼんやりとした影になって御簾越しに透けて僅かに見えた。
「仙蔵、と言ったな」
「はい」
「一歩こちらへ」
一瞬躊躇って、けれども仙蔵は言われるままに座ったままその歩を進めた。なぜ彼女が自ら自分を御簾の傍へ寄せるのかは分からない。御簾の間から彼女の顔が見えてしまうような気がして、仙蔵はおもむろに視線を落とした。
「お前、想い人はおるか」
想像だにしなかった問いに虚を付かれて、仙蔵は一瞬戸惑って御簾を見上げた。質問の意図を掴むことが出来ない。戸惑いを隠しきれない自分が見えているのだろう、彼女は御簾の中で僅かに身動ぎをして、同じ質問を繰り返した。
「想い人はおるのかと聞いている」
脳裏に浮かんだのは、六年間を学園で一緒に過ごした男だった。
それでもあの男を想い人などという言葉で呼んでいいのかは分からない。そう呼べるような甘い関係ではなかった。
想いを確かめ合ったことなどない。言葉にしたことなど一度もない。ただ、ひたすらに一緒に同じ道を歩んできた。崩れ落ちたときには手を取り、一緒の布団で寂しさを紛らわすように眠り、傷を舐めあうようにして抱き合った。
それだけ、たったそれだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「・・・おりません」
顔を上げて、そう絞り出した自分の声を聞いて、彼女は扇子をトンと音を立てて手の上で閉じた。
しゃらんとまた金属が触れ合う鈴のような音が聞こえた。
「おるようだな」
自分の弁解を聞くことをせずに、彼女は淡々と言葉を続けた。
「そのほうも忍か」
「・・・」
「仙蔵、私が聞いておる」
「・・・はい」
「そうか」
それならばそれで良い、そう彼女は呟いた。仙蔵、と自分の名前が涼やかな声で呼ばれて、顔を上げた。



「その想いは捨てろ」



投げかけられた言葉の意味を理解するのに数秒掛かった。それでもまだ返す言葉に詰まる自分を傍目に、彼女は言葉を続けた。
「感情に囚われたとき、人は選択肢を見誤る。一つの過ちが過ちを呼び、それはいつか取り返せないものになる」
閉じた扇子がまた彼女の手の上で鳴る。切り返す言葉が見つからずに、仙蔵はただ膝を付いて御簾の中の影を見つめた。
「これはただの忠告だ。私の言葉を本気に取る必要もない。ただ、きっとお前は気が付いているはずだ」
おもむろに御簾の中の影が動く。衣擦れの音がひどく大きく耳の中で響いて、仙蔵は息を呑んだ。恐れ多くも自分の主に反論する気など毛頭なかった。それが忍としてあることだと疾うに理解していた。
だが、この予言はなんだ。
「仙蔵」
ぴしゃりと叩きつける音で自分の名前が呼ばれる。明瞭な音で、彼女は言った。
「絆されてはならない。惑わされてはならない。囚われてはならない。その想いはお前の足を鈍らせ、刃の矛先を惑わせる。お前が忍だというのならば、お前が忍として生きていくというのならば、お前がその想いに囚われたとき、」
しゃん、と扇子が鳴る音が聞こえるのと同時だった。御簾の向こうに見えていた影が大きく動いて、目を凝らした瞬間に、何かがビュッと空を切るような音を立てて御簾越しに繰り出される。
気が付いたときには、喉を圧迫される感覚があった。


「お前の想いは、お前も、お前の想い人をも殺すぞ」


しゃん、と鈴の音が鳴った。その音を奏でる扇子は今、喉の一番柔らかな箇所に触れていた。自分の喉を掻き切るような位置で揺れているそれは、紛れもなく彼女が繰り出したものだった。
動けないでいる自分を傍目に、ゆっくりと御簾の中で影が立ち上がる。
「姫様!お顔をお見せになっては・・・!」
「静かにしろ」
侍従が叫ぶのを意に介することもなく、その影は姿を明らかにしていく。
彼女は扇子を自分の喉に当てたまま、真っ直ぐに向かって自分に顔を見せた。
意志の強さを秘めた大きな切れ長の目で、彼女は真っ直ぐに自分を見つめていた。整った面差しに濃く引かれた紅が真っ白な頬と対照を成して、思わず息を呑むほどに美しかった。自分の髪と同じほど長く伸ばされた濡れ羽色の美しい黒髪が、肩を伝い、背中を伝い、床に付くほどにまで流れていた。

彼女はおもむろに扇子を引いて、自分の唇に当てた。自由になった喉元にまだ違和感があって、けれども喉に手を伸ばすことは躊躇われた。それよりも自分を見下ろしている、光を集めて輝く瞳をひたすらに見つめていた。
「もう一度聞こう。そなたの任務は、私の身代わりとなり、私を逃がすことだ。そして私の暗殺に差し向けられた忍を抹殺することだ」
「・・・はい」
「どんなことがあっても、その忍が誰であっても、任務に忠実に、その身を殉じることが出来るか」
有無を言わせぬ物言いだった。まるで全てを見通しているかのような口調だった。それでも、もしかしたら彼女の言葉は当たっているのかもしれない。


文次郎。戦場でお前と会うことがないようにと願ってきた。お前に刃を差し向けることがないようにと願っていた。それでももし出会ってしまうときが来たとしたら。
一度だけ小さく息を吸い込んで、仙蔵は膝を付いて目の前に立つ主に忠誠を誓った。

「・・・御意」









before the rain
12/21/2009

多分仙蔵は喉取られたりしないと知りつつ、こういうのがあったらいいなあという妄想
第三者に気持ちを見抜かれている仙蔵とか、萌えます・・・