自分と彼との日常はこの数年間、変わることなく繰り返されていた。
かたや一ファミリーのボスであり、かたやボンゴレの幹部である。同居を始めたころからお互いに仕事が忙しく、一日顔を合わせない日もあった。けれども、同じ家で暮らしているという間柄であることに違いはなかった。
忙しいながら、たまに時間があれば外で落ち合って食事をする。バールに行って少し酒を飲んでは、何気ないことを話す。パーティがあれば二人で参加して、外出が過ぎた週は家で料理を作ることもある。そうして夜は同じベッドで眠る。
永遠に続くようにも思える、変わらない日常だった。
けれどもその繰り返しの中で、いつしか彼は自分と目を合わせなくなった。


汗ばんだ額には長い前髪が張り付いていた。
透き通った頬は熱を持って、赤く上気している。その色はひどくなまめかしく、ありありと今の情事の色が浮かんでいた。
「恭弥」
「・・・ん、」
「暑そう」
そっと手を伸ばして、それを払いのける。そのまま白い額に口付けを落とした。
いつもはあまりしない、ただ何ともなしにした仕草だった。
ぼんやりとその手を享受していた彼は、その仕草に何かを思い出したように一瞬大きく瞬いた。
自分の目の前に翳された手を、目を凝らすようにして見つめる。
まるでその仕草の向こう側、過去の記憶の誰かを見つめるかのように。
それでも淡い黒曜石の瞳はすぐに背けられた。美しく澄んだ瞳を逸らして、長い睫毛をそっと伏せて、彼は自分から逃れるように目を閉じた。
それはあまりに自然な仕草だった。まるでそうすることが当たり前であるかのような。それでも自分には分かる。
彼は、変わった。
閉ざされた瞳を見るたびに、行き場のない感情が渦を巻いて深く深く沈んでいく。鉛を含んだそれは、心の奥を締め付けて静かに落ちていった。
何度目になるか分からないこの鈍痛に、自分はまだ慣れることができない。
それでも気がつかなかったそぶりをして、腕の中の彼を抱きしめた。
ただひたすらに、頭を擡げてしまった疑念を振り払いたかった。
拘束するようにその腕を絡げて、呼吸を奪う。そのまま彼の内側に深く深く打ち付けた。
意識がゆっくりと白く塗り潰されていく。情動だけで体が満たされていく。
彼を問い詰めることも、肩を掴んで揺さぶることも、喉が嗄れるほど叫ぶことも、自分には出来なかった。
自分にはそんな資格はなかった。
本当はずっと気がついていたのだ。その目が誰かを追っていることにも、彼が時折ひどく苦しげな顔をすることにも。
誰よりも誰よりも大切に想ってきた。だから彼を問い詰めることも、手放すことも出来なかった。痛みを飲み込んで、自分の中だけで殺してきた。
綻びは広がるばかりだったのに。

彼は自分の腕の中で、大きく息を吸い込んだ。切れ切れに呼吸を繰り返して、その度に甘い声を上げる。その様子はまるで、溺れる魚のようだった。
細い腕が首に回される。脚が腰元にきつく絡められる。しなやかな上体が震えるように反らされる。
けれども水を湛えた淡い瞳は、一度も自分を見ようとしなかった。


恭弥。愛してるよ。
誰よりも大切に想ってる。
でも、いつまでこの芝居を続ければいい?
いつまで気がつかない振りを続ければいい?
お前がずっと目で追ってきたその人間を、俺はとっくに知っているのに。


ep.8