雲雀さんがいなくなった。


そう上司から告げられたのは、凪を追いかけて彼の部屋から飛び出した次の日のことだった。 自分を呼び出した上司はその事実だけを告げた。机の上で手を組んで、彼は真っ直ぐに自分を見つめた。いつも柔和な表情をしているお人好しが過ぎる彼が、今日だけは珍しく張り詰めた表情をしていた。
「いなくなった、って」
「心当たりはないかな」
「どういうことですか!どうして、どうして彼が」
「じゃあ、骸も知らないんだね」
取り乱す自分と対照的に、彼は静かにそう言った。澄んだ空に輝く太陽のような色をした瞳は、今何かの不安に暗く翳っていた。
「ディーノさんもどこに行ったか知らないんだ。朝起きたら、いなくなっていたって」
「そんな、だって、恭弥は、」
気が付いたときには思わずそう口走っていた。自分の言葉を聞いて、彼は全てを悟ったようだった。琥珀色をした澄んだ目でこちらを見つめて、彼は細く息を吐き出した。
「やっぱり、雲雀さんと何かあったんだね」
「あ、の」
「分かってたよ。だからお前を呼んだんだ、骸」
そっと息を継ぐと、彼はふっと自分に当てていた視線を逸らした。琥珀色の二つの瞳が静かに伏せられた。
誰にも彼とのことは告げていなかった。知られるはずもなかった。任務が重なることもなく、ボンゴレの屋敷の中で顔を合わせることはほとんどなかった。けれども気がつかれていたのだ。気がつかれていないはずがなかったのだ。すべてを見通す力を持った、この人には。
狼狽した自分を見ることをせずに、それでも上司は心を読んだようにそっと首を振った。
「オレなんかが気が付いたって、何にも出来ないよ。ただ凪が気が付かないように、ディーノさんが気が付かないように、雲雀さんも骸も、誰も傷つかないように。それだけを願ってた」
でも、無理だったんだな。小さくそう呟いて、彼は組んでいた手を額に当てた。どこか悲しげな顔が手に隠されてる。まるで何かを祈っているかのように。
沈黙が静かな部屋の中を浸し始める。骸は同じように顔を伏せた。
自分も、彼も下を向いたまま、もう言葉が交わされることはなかった。


彼の部屋を出て、骸は廊下で立ち尽くした。
今、あの人はどこにいるのだろうか。この国にいるのだろうか。どこか遠くに行ってしまったのだろうか。
あんな仕打ちをしながら、今だにこんなことを思うのは卑怯で、そして滑稽だ。
それでも。


「骸」


その声が誰のものなのか、振り向かなくてもすぐに分かった。振り向きたくは無かった。振り向いて合わせる顔など、なかった。
それでもゆっくりと顔を上げた廊下の先には、彼の恋人だった男がいた。
「ちょっと話、出来るか」


このときが来たのだと思った。
一つ一つ、自分が犯した罪が裁かれていく。


ep.13