※現ぱろ注意
※二人とも院生






「文次郎、結婚しようか」


自分の発した言葉への返答はすぐには返ってこなかった。
ずいぶんと軽いトーンで言ったはずの言葉に、電話越しの相手はだいぶ面食らったらしい。
息をのむような音と、数秒間の沈黙が続いた後で、相手は慌てたように返してきた。
『なっ・・・何言ってんだ、お前』
あまりに予想通りの口調に、仙蔵は思わず笑い声を漏らした。
もう少しくらい機智に富んだ答えだとか、せめて冗談を返してくるくらいのことは出来てもいいと思うのだけれども、それもまあこいつのことだ。そんなことは望めないだろう。
それでもどこかで違う答えを期待していた自分がいた。だから笑っている振りをして、電話越しの相手に聞こえないほどちいさく溜め息をついた。
『何笑ってんだよ』
「うん?別に。あまりに予想通りだったからな」
そう言いながら、仙蔵は携帯を耳に当てたまま、冷蔵庫のドアを開けた。そこにはミネラルウォーターのボトルだけが並んでいたから、仙蔵はそのまま扉を閉めた。
いつもならば、そこにはあいつの作った料理がコンテナーに入れられて並んでいるはずだった。料理をしない自分に、あれを食えこれを食えと世話を焼いては、作り置きまでしているのは文次郎だった。今こうして冷蔵庫が空っぽなのは、あいつが最後にここに来てからもう一週間が経っているからだ。
「まあ、ちょっとくらい乗ってくるかと思ったんだけど」
自分の言葉を茶化すように言うと、思いのほかに真剣な声が返ってきた。
『あのなあ、お前電話で何言ってんだよ・・・ていうか、俺ら男同士だし』
「改めて言うほどのことでもないだろ、それ」
なんだか不明瞭な声がもごもごと続いているのを無視して、仙蔵はソファにぼすんと腰を下ろした。
「まあ、普通のカップルでも電話でっていうのはないよな」
『まあ・・・だよなあ』
「高いレストランとか予約してな」
『夜景の綺麗なとことか?』
「そうそう、薔薇の花束とか用意しといて、シャンパンに指輪入れといたりしてな」
『なあ、お前ってそういうの興味あるわけ』
「ばあか、例えだよ」
たとえ、ともう一度繰り返して、仙蔵は携帯を耳に当てたまま伸びをした。ちらりと横目で見た時計はそろそろ12時を指そうとしている。明日も朝から研究室で実験がある。あいつもきっと、忙しいのだろう。
「ま、そーいうのは普通のカップルのすることだな」
『・・・そうだな』
ちいさく溜め息をつくと、仙蔵はおもむろに脚を抱えた。がらんとした広い部屋は静まり返っていて、自分の声だけが響いている。
次にあいつが来るのは、いつだろうか。
冗談めかしてはじめた話だった。深い意味なんてあったわけじゃない。これ以外の形を望んだことなんてない。それなのに自分の口から出たくだらないシナリオが、思いのほかに胸を締め付けていた。
ただ、すこしだけ、この馬鹿みたいな話をしたかったのかもしれない。ごっこ遊びにも満たないような、こんな話を。
じわりと心に滲んだ感情を振り切るように、仙蔵はこの話を終わらせようとした。
「俺明日早いから、そろそろ、」


唐突にチャイムの鳴る音が聞こえた。
「あ、ちょっと待って。誰か来た」
こんな時間に誰かが訪ねてくるのは珍しいけれども、そういえば宅急便を頼んでいた。
もしかしたらお隣からのマンションの回覧板かもしれない。
肩に携帯電話を挟んだままドアを開けたその先には、けれども宅急便の人でも隣のお姉さんでもなく、
あいつが立っていた。


ぱちんと携帯電話を閉じてジャケットのポケットにしまうと、文次郎は真っ直ぐに自分を見つめた。
「仙蔵」
寒い中を歩いて来たからだろう、頬が赤く染まっていた。けれどもそれよりもその顔はどこか緊張した色をしていた。
「どうやって言おうかずっと考えてて、でも思いつかなくて」
ぽかんとしたまま、仙蔵はまだ自分が携帯を耳に当てたままでいることに気がついた。
その声はもう機械の中からではなく、目の前のこの男から聞こえている。
「レストランも予約してないし、薔薇の花も用意出来なかったし。・・・ていうか、お前に先に言われたけどさ」
文次郎の手が自分の手を取る。その手のひらに載せられたのは、銀色に光るちいさな指輪だった。

「結婚しよう」

手のひらの指輪が夜の街灯の光を受けて鈍く輝いている。
ぽかんとしながらその指輪を見つめて、それから仙蔵は顔を上げた。
「な・・・んだよ、お前」
「うん」
「意味分かんない、」
「うん」
「だってお前こんなこと一度も、」
「うん」
「冗談、だったのに」
馬鹿みたいに同じ答えを繰り返しながら、あいつは笑った。
「俺はずっと本気だったよ」


「結婚しよう、仙蔵」


溢れそうになる涙を隠すように、仙蔵は思いきり文次郎に抱きついた。



愛してる
02/19/2010




文仙なら結婚出来るような気がしてるのはわたしだけですか!!
ほんとにはやく!!結婚!!しなさい!!!