ぱあん、と乾いた音がした。

その音が何であるかを頭で理解するよりも速く、脇腹に激しい痛みが走る。
ああ、しくじった。
打たれたのだ。
下を向くと脇腹からは勢いよく血が吹き出していた。
思わずその箇所を手で押さえる。鮮やかな血は深緑色の服を、自分の手を、躊躇うことなく汚していった。
ぐらりと視界が大きく揺れて、睨み据えていたはずの敵の顔が歪んでいく。
横倒れになる体をなんとか持ち直そうとして、けれどもそれはかなわなかった。
すんでのところで膝をついて、そのまま文次郎はずしゃりとぬかるんだ地面に倒れた。
土砂降りの雨が自分に降り注ぐ。
頭の中で警鐘が鳴っている。
その鐘の音を聞きながら、最後の力で目を凝らした視界の中にあの男が映った。
ああ、仙蔵だ。
彼は敵に向き合いながら、その男を通り越して、大きく目を見張って自分を見つめていた。
怒ってんな、あいつ。
この状況で最初に思ったことはそんなことだった。
組の試験で足を引っ張った自分に心の中で罵声を浴びせているだろう。
もしかしたらもう怒鳴ってるのかもしれない。自分の耳が聴こえていないだけで。
無理もない。囲まれた中で倒れるなど、完全に自分の不注意だ。甘んじて受け入れよう。
ただ、あいつは大丈夫だ。あいつは俺を置いていける。
相手が倒れても助けない。自分の命と任務を優先する。
それが俺たちが毎回任務前に確認することだった。
だからあいつは大丈夫だ。
敵の注意が自分に向いているあいだに逃げることが出来れば、あいつは無事に学園まで帰れるだろう。
散漫になる意識の中でそんなことを思いながら、あまりの痛みに目を閉じかけたときだった。
何かが空を切る音がした。
くぐもった呻き声がその鋭利な音に続いて、鈍い衝撃がどさりと地を揺らした。
何が起こったのか理解するよりも早く、自分の目の前の土がざっと摩擦の音に鳴った。
ほとんど閉じかけていた目を薄く開いていく。
ぼんやりと霞みはじめた視界に映っていたのは、自分と同じように横倒れになった数人の敵と、自分の前に立つ黒い足袋だった。
「下がれ」
土砂降りの雨の様な耳に痛い程の雑音の中で、何故だかその男の声だけが浮かび上がって聞こえた。
低い声。感情を押し殺したような声。
それは間違いなく仙蔵のものだった。
彼は今自分を庇うように地を踏みしめて、自分の前に立っていた。
視界がゆっくりと歪んでいく。世界の輪郭が二重になっていく。彼を見上げようとしたけれども、麻痺したように動かない体がそれを許さなかった。
下がれ、と仙蔵が低い声で呟くのがもう一度聞こえた。
「貴様らが指一本とてこの男に触れることを」
倒れた仲間の姿を見て、敵がざり、と一歩後ずさる。
ひゅ、と忍刀が振られる音がする。視界の端で、彼が血の色に光る刀を自分を守るように構えたのが見えた。
「私は決して許さない」

酷い雨音が意識を眩ませていく。
もしかしたらそれは雨の音ではなく、混濁する意識の雑音なのかもしれない。
それすらもう判別がつかなかった。
だめだ、仙蔵。早く逃げろ。
どんな時でも任務を優先させられる、その冷静さがお前の強みだっただろう。
何があっても俺を助けないと言ったのはお前だろう。
逃げろ仙蔵。仙蔵。
ー仙。

それでも叫びたかった言葉は音にはならなかった。
混濁した意識と痛みの渦に引きずり込まれていく。
音も、色も、景色も、感覚も手離そうとした最後の瞬間に、仙蔵が僅かこちらを向いて微笑んだのが見えたような気がした。


ひとりとひとりで生きるために
5/10/2010


厳しいこと言いながら元々お互い何かあったら助けるつもりの相棒い組
仙蔵に守られる文次郎にたぎる