※やってるだけです





漆黒の長い髪の合間から、青白い項がのぞいていた。
押し殺し続けた声は掠れた呼吸となり、息を切らせた細い肩が緩い呼吸を繰り返して揺れている。
何かを堪えるように強く握られた手は、ふるふると震えながら白い夜具を掴んでいた。
その細い肩にかかる長い髪をそっと手で避ける。
その耳元に唇を寄せながら、その人の名前を優しく囁いた。
「仙蔵」
彼が答えようとするよりも早く、細い腰を掴んで打ち付けた。
ぐちゅり、と小さな水音がする。
「っ・・・」
息を飲み込むようにして、彼が肩を震わせる。それでも堪えられなくなった吐息がわずか漏れて、ひどく艶かしい音になった。
皮膚という皮膚が、感覚という感覚がひどく鋭敏になっているのが見て取れた。
彼の呼吸が、皮膚の感覚が、今感じている快楽が、重なりあった膚を伝って自分に伝わってくる。
だから彼がこちらを振り向かずともどんな表情をしているのか、容易に知ることが出来た。
文次郎はそっとその肩に唇を寄せた。
細い肩。真っ白な首。
ぞくりと血が沸くのが分かった。心臓は興奮にも似た衝動にどくどくと鳴っていた。
その白い膚をこの歯で噛み千切ってしまおうか。その膚に歯を食い込ませて滲む血を啜ってしまおうか。
そうしたら彼はどんな顔をするのだろう。
美しい顔を苦痛に歪めるのだろうか。
その表情には一抹の恍惚が滲んでいるのだろうか。
そんな顔をする彼を見た人間は、他にいたのだろうか。

ゆっくりと唇を開いて、尖った犬歯をその首に当てる。けれども一瞬迷った唇は、結局優しい口付けを落とした。
また細い肩が震えて、夜具を掴むその指に力が入ったのが分かった。
可哀想なほど白くなったその指にそっと手を伸ばすと、細い肩はまた震えた。
それをまったく看過して、細い指を割るようにしてすっぽりと手で包み込む。
生理的に力が入って自分を拒む指を、文次郎はひとつひとつ解いていった。
「こっち向けよ、仙蔵」
自分の言葉に従うように、彼はおそるおそるの仕草でこちらを振り向いた。
漆黒の色をした美しい切れ長の瞳が、とろりと熱が滲んだ眼差しで自分を見つめている。
うっすらと開かれた唇は濡れて、喘ぐように呼吸を繰り返した。
「あ、あぁ」
それはいつもの彼でなかった。
その眼差しにいつもの聡明な光はない。
潔癖なまでの高潔さも、凛とした美しさも、今の彼には、ない。
そこにいたのは、美しい獣だった。
ただ濡れた唇を開き、貪るように快楽を享受する、甘い快楽に溺れる、淫らな美しい獣だった。
同級生の誰が想像できるだろう。
彼がこんな表情をすることを、彼がこんなふうに乱れることを、彼が達するときに自分の名を呼ぶ甘い音を。
誰も知らない。伊作も、留三郎も、小平太も、長次も。
誰も。
薄暗い快楽がぞっと背中を走って、文次郎は薄い笑みを零した。
彼の首に絡み付く漆黒の髪をそっと払ってやる。それは汗ばんだ膚を伝って、真っ白な寝具の上に散り、目に痛い程のコントラストを成していた。
長い髪を身体の下にしたまま、彼は浅い呼吸を繰り返していた。
焦点の定まらない目で自分を見つめて、何かを伝えるかのように唇は浅く動いた。
それはひどく淫らな絵だった。
体の底から情欲が沸き上がってくるような、押し殺していた本能をかき立てるような、そんな絵だった。

傷つけたいのではない。酷くしたいのでもない。
愛している、誰よりも誰よりも愛しているのだ。
だから触れることも躊躇いながら優しく抱きしめてやりたい。
そうして優しく愛したあと、その細い身体を乱暴に揺さぶってぐちゃぐちゃに犯してやりたい。
相反する感情はいつだって自分の中で鬩ぎあっていた。
大事にしたい。壊したい。
口付けを落とす振りをして、その喉に噛み付きたい。
快楽が滲んだ瞳を、誘うように開かれた濡れた唇を、震える細い肩を見るたびに沸き上がってくるのは、酷く歪んだ欲望だった。
ふと、とろとろと甘く滲んだ瞳が持ち上げられる。
彼は掠れた声で喘ぐように呟いた。
「もんじ、ろ」
「なんだ」
快楽に濡れた唇が近づいてくる。彼は震える手で自分の首に手を回すと、そっと耳に唇を寄せた。
は、と艶かしい吐息の後に、絡み付くような声が続いた。

「もっと、」

その言葉が耳に届いた瞬間、自分の中で何かが音を立てて切れたのが分かった。
残っていた理性が白く塗り潰されてゆく。僅かばかりの冷静さを保っていた眼差しが熱く染まっていくのが分かった。
その音がどれだけ淫靡な響きを持っているのか、その表情がどれだけ熱に蕩けた色をしているのか。
この男は気がついているのだろうか。
気がついているのだとしたら。
細い肩を荒っぽく掴んで、床に叩き付けるようにして押し倒す。
薄い涙の膜が張った眼差しが大きく見開かれる。驚いたように彼が自分を見つめるのも気にせずに、そのまま唇を手で塞いだ。
彼がこれから起こることを予期して、ひゅ、と息を呑むのが分かった。
その口が言葉を紡ぐよりも早く、中に入っていたそれをずるりと引き抜く。
そうして細い腰を掴んで、繋がった部分を強く打ち付けた。
塞いだ手のひらの奥から甘い悲鳴が上がる。
くぐもった音となって聞こえたそれは、けれども自分にしか聞こえることはなかった。
幾度も幾度も、理性を手離した情欲だけで熱を穿つ。
その度にぐちゅぐちゅと水音が部屋に響き、彼の中に出入りを繰り返す熱が質量を増していくのが分かった。
がくがくと激しく揺さぶられながら、彼は薄く潤んでいた瞳を自分に向けた。
切れ長の目の端に、みるみるうちに水が溜まっていく。それはある瞬間、耐えきれなくなったかように溢れて、赤く染まった頬をぼろぼろと伝って零れ落ちていった。
それでもその痛々しい涙も今は、自分の情欲を加速させるものに過ぎなかった。
衝動に突き動かされるままに、彼の首の周りにまとわりつく髪を払いのける。
ごくりと喉が鳴って、薄暗い本能が呼び起こされる。
気がついたときには、白く浮かび上がる首筋に牙を剥いていた。
ぷつりと皮膚が切れる感覚と、生温い液体を舌に感じる。
彼がくぐもった悲鳴を上げているのが、どこか遠いところで聞こえていた。
は、と息を切らして、ふと顔を上げて美しい面差しを見つめる。
彼は快楽とも苦痛ともつかないような表情が浮かべていた。
真っ赤な顔で涙を流して、柳眉を苦しそうに顰めて、呼吸すらもままならないように。
けれどもその表情と裏腹に、熱に浮かされた二つの瞳はじっと自分を見つめていた。
それは快楽だけを求めるような、理性などとうに手離してしまったかのような、淫靡な色をした瞳だった。
その眼差しに誘われるように、漏らした溜息と同時に、口を押さえる手の力を強くする。
じわじわと首筋に滲む赤い血につうと舌を這わせる。その傷口をべろりと舐めて、抉るように皮膚を破る。
唇に滲んだ血は、ひどく甘かった。


繋がった部分が酷く熱かった。
柔い粘膜を擦って奥を抉るたび、お互いの膚の感覚すらもなくなっていく。
どろどろと皮膚が溶けていく、蕩けるような熱さだけが、彼と一緒に溶けていくような感覚だけがあった。
恍惚に沈みながら、文次郎は薄い微笑みを浮かべた。
何度でも犯して、ぎりぎりまで痛めつけよう。彼のすべてを手酷く奪って、幾度もその美しい涙を流させよう。
そうしてその綺麗な顔が歪んで、淫らな欲望に溺れて、理性も何もかもを手離して彼が自分の前に崩れたとき、自分もきっと彼がいなくては生きていけなくなるのだ。



死に至る病
04/23/10



サディスティックもんじ。