※caution※
明治設定のパラレルです
若くして財産を築いた会社経営者骸×零落した華道の家元雲雀です
骸は雲雀の家のパトロンとして援助をする代わり雲雀を引き取ってます
性描写を含みますので苦手な方ご注意ください
手にしていた椿は、頬を打たれた衝撃で畳に落ちた。
加減を知らない力で叩かれた頬は熱を帯び、一瞬にしてじわりと鈍痛が広がる。
何度目になるか分からない暴力だった。
生温い液体がどろりと口の中に溢れる不快さにも、打たれた頬の側の耳に入る音が音程を崩して揺れる不安定にも、慣れてしまった。
頬に走る不快な痛みを噛み締めながら、雲雀は取り落とした寒椿を見つめた。
脈である枝を切られても呼吸をしているようなそれは、庭師の男が早朝に訪ねて置いていったものだった。 剪定して捨ててしまうには、あまりに美しくて惜しいから、と。
静かに息衝いていた椿は脆く、落とした衝撃に耐え切れずに枝から落ちている。
幾つもの花が青い畳に散って、目の醒めるような紅が薄暗い部屋の中で色を差していた。
それを拾い集めようと無意識に手は伸ばされる。けれども雲雀が動くよりも寸分早く、重い革靴は鮮やかな椿を何の躊躇いもなく踏み躙った。
鮮やかな色が失われるのは容易かった。真っ赤な椿は息を呑む間もなく、呆気なく潰された。
雲雀は思わず言葉を漏らした。
「なにを、なさるのですか」
灰色に濁って潰れた椿を拾い上げようとした手は、男の手に因って捕らえられた。
真っ白な手がぎりぎりと手首を締め付けて、その手が頬を打った手であることを漸く思い出した。
男の手はあまりに繊細で、いっそ儚さすら覚える程に美しかった。
きれいに整った爪も、長く伸びた細い指も、雪よりも遥かに深い白をした肌も。
美しいから、体は竦む。この薄い皮膚を隔てた向こうに、どろどろと溢れる狂気を知っているから。
甘さを欠片も含まない眼差しで雲雀を見つめたまま、男は不意に手首を解放した。
離された手は、けれども呼吸の間すらも与えず雲雀の髪を掴み上げる。
「恭弥」
思わず苦痛に顔を歪めた雲雀を、男は立たせる程に強い力で引き上げた。
「その椿を購った覚えはありませんが」
髪を掴む力がきつくなる。
相容れない色をした蒼と紅の双眸が鈍い光に歪んだ。
「何故踏み付けられた薄汚い花を手に取ろうとしたのですか。何故この椿に拘るのですか。誰が君にこんな花を宛がったのですか」
制御を失った狂気が言葉の端々に溢れていた。
「答えなさい、恭弥」
ひどく近くに迫る男の瞳が赤く染まって揺れる。
宝石のようにきれいな双眸は紛い物だった。
光を含んで色彩を映し、目の振りをするだけだ。
この世界の醜さに濁っている盲目の瞳に、何が見える筈もないのだから。
雲雀はゆっくりと唇に微笑を浮かべると、生温かい血で濁る舌を動かした。
「さあ、」
言い終わるよりも早く、頬に鮮烈な痛みが走った。
先刻よりも容赦が無い手は倒れることすら許さずにそこに縛り付ける。
髪を掴む手はそのままに力を増して、雲雀は畳の上に叩き付けられた。
正常に拍を打つ意識の中に雑音が混ざり、視界の中にくらりと白い霧が掛かる。
乱れた信号に臓器は混乱し、塞がれた気管が呼吸を遮って唇はひとりでに苦痛に喘いだ。
「分からないのですか」
男の手が後ろから首元へ入って喉を締め上げる。
それは戯れの行為ではない。
はっきりと殺そうとする意志を持った、何の手加減も無い強さだった。
ぼんやりと滲む聴覚に、金属が揺れる音が狭い部屋に反響して届く。
その音には覚えがあったから、雲雀は体を震わせた。
一方的な暴力。耐え難い激痛。無理矢理引き摺り出される快楽。
耳の奥に届くよりも早く、残酷な記憶は目を覚ます。
太腿に指が触れる感覚があって、それから着物をたくし上げられるのが隔たりのある感覚の中で伝わってくる。意識と感覚を繋ぎ止めるものは、皮肉にも肌に触れる冷たい温度だった。
息苦しさの中で藻掻きながら、背後で自分を支配する男から目を逸らした。
狂乱の行為に刃向かう術などこの手もこの脚も持たない。
だからせめてもと、目蓋を閉じる。
感情を沈めた冷たい手に腰を強く掴まれ、閉じていた脚は呆気なく開かれた。
この男の前で抵抗することなどかなう訳がない。けれどもそれを知ってなお、閉じた目蓋の裏に滲むものは絶望だった。
圧倒的な暴力の前に息を呑む間も無く、性急な速さで熱は穿たれた。
「ぅ、あ…っ!」
飲み込まされたものの大きさに、ならされていない体が悲鳴を上げる。
凄まじい痛みが体を貫いて、雲雀は思わず畳を薄い爪で掻き毟った。
吐き出す声に因って傷つくのはあの男ではない。
崩落するのは自分の矜持であり、瓦解するのは自分を支える砦だ。
それが分からない程に愚かではないけれど、到底許容できない痛みは僅かな呼吸とともに唇から溢れ出る。 「う、あぁ・・・あ・・・!」
腰に掛かる手が律動を始めて、与えられる痛みは徐々に増していく。
揺さぶられて掻き雑ぜられる感覚は体全体を呑み込んで、脳にまで到達していた。
内側を抉られる度にひどく吐き気がする。
けれども意識を飛ばしてしまうことも、痛みを解放してしまうことすら許されずに濁った耳に届くのは絶対的な音だった。
「誰が、この部屋から出て良いと言いましたか」
「お止、め・・・くだ、さ・・・っ」
「誰が、庭師などと話して良いと言いましたか」
「あっ・・・うぁ、あ・・・っ!」
腰を掴まれる力が強くなって、一層深く熱を押し込められた。
注ぎ込まれる言葉が体中に溢れて、どろどろと屈辱と混ざり合う。
「まだ分からないのですね。君の主人が、誰なのか」
圧倒的な熱の質量は徐々に増してゆき、同時に内部を圧迫しては息を止める。
苦しいのは呼吸が出来ないからではない。
打たれた熱も、腰を掴む手も、耳に響く声も、男が持つものを拒絶ことも吐き出すことも出来ないから、苦しいのだと知る。
不意に男の真っ白な手が、そっと雲雀の右手に重ねられた。
その瞬間に意図するものに気が付いているのに、指は麻痺したように動かない。
抵抗する手は白くなる程畳に爪を立てるけれども、男はその手を容易く握り込んだ。
不均衡に力の入る指は割られて、簡単に剥がされる。
一本一本に真っ白な指を絡められて、指は恐怖に震えた。
「教えて差し上げましょうか」
その言葉が届くよりも早く、華奢な造りの骨は暴力に軋んだ。
「あ・・・あ、ああああ!」
指が死んでしまうことが怖ろしかった。花に触れられなくなることが怖ろしかった。
無知な手は花に飾り立てることでしか生きられないから。
この手を失うことはそのまま自身の死と同義だった。
踏み付けられた椿に手を伸ばしたことに理由など在る筈もない。
宛がった人間が誰かなんてこれっぽっちも意味を成さない。
この手は花を生かすことしか知らず、だから踏み躙られた椿を見殺しにしてしまうことは出来なかっただけ、なのに。
指が壊されて乖離してゆく音がした。それでも、与えられる暴力は止むことがない。
絡み付く指が重みを増して、手を壊す力は強くなる。
「うああ・・・あああ、や、め・・・!」
「止めて欲しいのなら、そう請うたらどうですか」
嘲るように笑う狂気はひどく耳に近いから奥にまで響く。
壊れてゆく右手の激痛の中で、雲雀は呪詛をおもった。
殺してやりたい。外界から隔離させ、この小さな部屋の中に閉じ込める男を。女のような着物を着せ、男娼の真似事をさせている男を。殺してやりたい。
それでもその音は、声には成らなかった。
虚しく輪郭を崩してゆく音の代わりに唇は動く。
零れたのは、服従の言葉だった。
「お、ゆるし、ください・・・!」
震える声で吐き出した音が、自分自身の中に落ちたのが聴こえた。
それが鉛よりも重いものとなってゆくことを、知っていた。
「おゆるし、くだ、さい・・・!この手だけ、は・・・!」
必死で保ってきた矜持がゆっくりと殺されてゆく。
けれども失う恐怖に震える喉は、自分を蹂躙する男に、叫んだ。
「お許しくださ、い・・・!骸さ、ま・・・!」
男の指から、するりと力が抜けた。いっそ、呆気無いほどに。
捕らえられていた手が解放されてゆっくりと悲鳴は消えてゆく。
がくがくと力の残骸に震える右手は、けれども何一つ傷ついていなかった。
後ろを振り向く必要などなかった。男がにっこりと微笑を浮かべたのが、柔らかな声で分かったから。
「いい子ですね」
労うようにそっと髪をかき撫ぜる手はひどく優しかった。
暴力を失った手に甘さだけが残っているのを、ぼんやりと遠い感覚の中で感じる。
外へ出してしまえない甘さが内側に染み込んでいくけれど、どうすることも出来ずに雲雀は呆然と俯いた。
不快な水音が耳を打っていた。
繰り返される律動がスピードを増しては、揺さぶられた脳に苦痛と屈辱と快楽が入り混じってはどろどろと溶けてゆく。
白く翳む視界の中で熱に浮かされながら、雲雀は棄てられた椿を見つめていた。
同じだ、と思う。この椿と自分は同じだ、と。
その蒼と紅の目を楽しませるためだけに此処に在り続ける。生死すらも取り上げられたまま、その手によって生かされている。
だから見失うことも、揺らぐことも許されない。
その手で殺されてしまうまで、鮮やかに咲き続けるしかないのだ。
楽園の在処
p.nのにゅう様への捧げもの
Buon
compleanno!
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