君はいつも自分勝手に話しかけてきたね。
聞きたくもない君の戯言を聞かされて、こっちは耳を塞ぎたくて仕方がなかったのに、どうしてか君の声は妙にしつこく耳に纏わりつくんだ。
そういうとこ、君の性格とそっくりだと思うけど。
でもまあ、もういいよ。今度は僕が聞かせてあげるから。






まず、君は僕を愛しているといったね。でもそれは違う。
まあ、嘘だとは言わないでおいてあげる。君にはその自覚がないんだからね。
でもそれは、君が愛だと呼んだ感情は、ひどく純粋な支配欲に他ならないんだろうね。
なんの駆け引きも利害関係もなく、欲しいから欲しい、という非常に単純で安直な理論でもって、君は僕を「愛して」いたんだ。まるで子供のように。
そう、君は子供だった。
男が持つものとは思えないほど、君の声はなめらかできれいだった。
僕はその声をずっと女性のものに近いと思っていたけれど、でもそれはきっと濁りのない子供のものだったのだろうね。
それに気が付いたのは、君が僕を呼んだときだった。
僕の名前を何度も繰り返して呼びかける声は、母親を失くした子供そのものだったから。
君は僕を愛していたんじゃないよ。決して壊れない玩具をひどく気に入ってたんだ。
何をしても決して崩れなかった玩具を気に入ってたんだよ。
だから何とかしてその玩具を壊してやろうと思ったんだろう?それでいながら同時に、可笑しなことだけれど、その玩具が壊れないことを強く望んでいたんだ。
君にとって幸か不幸か、いや、きっとどちらでもないね、僕は崩れ落ちなかった。
これは愛じゃない。だって、これが愛なら悲しすぎるだろう?
でも君はその気持ちをなんの迷いもなく愛だと呼んだ。
君は嘘吐きだったけれど、それはなんの掛け値もない、君にとって愛、だったんだろうね。

ああ、それから、僕が君を愛しているのだと君は主張したけれど、まあそれはまったくもって間違いといって差し支えないだろうね。
百歩譲って話そうか。僕は「愛していた」のではなくて、「愛させられていた」んだ。
君は僕からそっと、「僕」を一つ一つ奪っていった。
だから気づけば右手に持っていたものはなくなっていて、左手のものを守ろうと手を握れば、僕の手は空を切って、そこにももう何もないんだ。
僕がはっきりと気が付く前に、いつもひとつ先に君がいた。
「僕」を奪われた僕は必死に「僕」を探して、それを見越していた君は、僕に愛していると言ったんだ。
信じていたもの、そこにあったものが崩れ去った僕は、「僕」を愛している君の中で「僕」を見つけるしかなかったから。
だから僕は君の手を取ってしまった、取るしかなかったんだ。
ああ、まったく。言葉にすると分かるだろう?これは愛なんかじゃないって。

ただ、ひとつだけ。
これだけしか言わないと、子供の君はひどく拗ねるだろうからね。
ぐずられるのはごめんだよ、まったく君は大きな赤ん坊なんだから。
僕はね、君の目を、ほんとうにきれいだと思っていた。
君の瞳は決して人間が持たない色をしていて、光に当たるたびにその色を変えた。
赤に、青に、緑に、灰に、紫に、そして僕の瞳と同じ、黒に。
その色も、その瞳を縁取る楕円も、それを飾る長い睫毛も、君が目を細める仕草も、見惚れてしまうほどにうつくしかった。
だから僕は君のふたつの目を、きっと、愛していたんだと、思う。

最後にひとつ言おうか。
君が世界を憎むには、十分な理由があった。
けれど僕はそれに共感も同情もしないし、もっと言うならばそんなことはどうでもいいんだ。
君にしか分からない悪夢は、僕が憂えるべきことでも、悲しむべきことでもない。
ただ、君がその背中に世の中の罪をすべて背負い込むことは、間違ってる。
その肩には世界なんて乗せられない。だって乗せる必要もないんだ。
一手に罪を引き受けて、零れ落ちそうなそれを必死に腕に抱えて生きていくなんて、そんな安っぽいヒロイズムはやめなよ。人間は自分の重みにすら耐え切れずに、壊れてしまうほど非力なんだから。
そんなものを抱えるなんて、抱えられると思うなんて、ひどくエゴイスティックだと思うんだけど。
ねえ。そうじゃないかい?
ねえ。


僕は視線の先の彼に何度かそう呼びかけたけれども、不本意ながら聞き慣れてしまった、あの腹が立つほど穏やかな声は返ってこなかった。
いつもしつこく纏わりついてきたくせに。
僕がこうして直々に足を運んだときには、もう、いないなんて。
自分の内側を掠めたものは苛立ちにも似ていたけれど、なぜか喉は締め付けられたようにつんと痛んだ。
判然としない感情を持て余しながら、僕はシオンの花束を十字架の墓標に投げつけた。




シオン    君を忘れない