※caution※
ほんのりとM/Wを意識しています。
骸が神父様になっています。
最初に会ったとき、彼は美しい子供だった。
淡い黒曜石のような瞳をくるくると動かして、長い睫毛を瞬かせる。
ほんのりと赤が差した唇を動かして、舌足らずに言葉を紡ぐ。
幼い頬に愛くるしい笑窪を作っては、綺麗な面差しに花が咲いたような笑みを浮かべる。
彼の仕草や表情はどれも、目を奪われるほどに愛らしかった。
そして二度目に会ったとき、彼は美しい悪魔に成長していた。
「もうやめましょう、こんなこと・・・何の意味があるというのですか」
静まり返った教会の中に、ただ自分の声が反響する。
問いかけた声は何の余韻も残すことなく静寂の中に消えた。
押し倒された教会の床が背中に冷たい。それなのに無力な抵抗をしようとする体はひどく熱かった。
ステンドグラスを通した光が七つの色を灯して、床の上で縺れ合う自分と彼の上に降り注いでいた。
「ここがどこだか分からないはずないでしょう・・・神の前でこんなこと、」
「出来ないって?」
自分の腹部の上に跨ったまま、彼は鼻で笑った。
笑みのようなものを模った赤い唇は、偽善者、と自分を蔑んだ。
「君が僕にしたことだろうに」
くつくつと咽喉の奥で笑みを殺しながら、彼は楽しそうに自分の服の襟を掴んだ。
抵抗する自分の手をあっという間に掴んで払いのけると、耳元に唇を寄せてそっと囁く。
「暴力で相手をねじ伏せて、無力な相手を蹂躙する」
「それは・・・っ!」
「ねえ、君がそうしたじゃないか、神父様」
ちらりと赤い舌が動いて、耳朶をなぞる。彼がまた咽喉で笑ったのが耳に届いた。
彼が仄めかす記憶が甦る。息が詰まるような眩暈がする。
それでもそれが事実である以上、消えることはない。
あの日、自分は彼のすべてを奪った。
何も知らない彼を力でねじ伏せて、悪魔のように囁いて。
それは恐ろしい罪だった。
永遠に消えることのない、焼け爛れた刻印となって残った罪だった。
「あんなことをした人が、今は神に仕える身分だなんてね。可笑しいったらない」
そうだろう、と言いながら彼は唇を指でなぞる。女性めいた指はするりと動いて、男の力となって自分の顎を捉えた。
その拘束から逃れるように彼から視線を逸らすと、小さく絞り出すように呟いた。
「・・・いくらでも謝ります。いくらでも罰を受けます。君が望むなら、僕はここで死んだっていい」
「そんなことに興味はない」
愛らしい笑窪が、その頬に浮かぶ。
子供の頃と同じ無垢な笑みのまま、彼は自分の肌に触れた。
石膏のようにひんやりとした滑らかな手の温度がある。
それはまるで蛇のようにするすると体を這いながら、自分の服を乱れさせていった。
「ねえ、神父様。僕は君を恨んでなんかいないんだよ」
胸元に頬を寄せながら、甘い音を含ませて彼が囁く。白い骨を思わせる手が、素肌を通して心臓の上に重ねられた。
「でも君の心の奥に巣喰った情動も感情も消えることはない。そうだろう?」
ねえ、と子供のように甘えた口調で彼は笑う。
「君が僕を、犯した記憶も」
「やめてください!」
咽喉の奥から叫びとなって声が溢れた。それでも事実は決して消えることはない。その記憶も、感情も。
そんな自分の心さえも、その黒曜石の瞳は見抜いていた。彼はそっと自分の胸に顔を寄せると、優しい声でそっと囁いた。
「僕が邪魔なら消してしまえばいい。君がいま、必死に抑制しているその力で」
言葉を失った自分を上目遣いに見上げ、彼は満足げにふふ、と微笑した。
「出来ないね。君はもう、神の前で悔い改めたんだものね」
何度でも彼は繰り返した。
犯した罪を幾度も、幾度も、二人の間の甘い秘密のように囁いて。
「君は僕で、僕は君だ。離れることなんて出来ないんだよ。あの時からずっと」
悪魔が笑う。背徳に堕ちた楽園で、美しい悪魔が笑う。
それでもその引き金を引いたのは自分なのだ。彼のすべてを奪ってしまったのも、その心を悪魔に渡してしまったのも、すべて。
罪の意識と信仰の間に揺れ動いた手は、一瞬空を彷徨った。けれどもその手は非力に空虚の中を泳いで、何も掴むことはなかった。
空を切った手はゆっくりと彼の肩に降ろされた。
ひたりと冷たい感覚があって、その手のひらにまた罪が生まれたことを知った。
それでもきっと自分は何度でも彼を抱くだろう。永遠に同じ罪を犯しつづけるだろう。
この美しい悪魔が微笑む限り。
イノセント
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