※及川さん←トビオちゃん風味です。
※岩ちゃんと及川さんは付き合ってます。ご注意ください。







「…トビオちゃん?」
何してるの、と咎めるような口調で彼は言った。
快楽に耐えるようにゆるく肩を掴んでいた手が一転、自分を引き離そうと力を込めた。
「…っダメだよ、跡付けないで」
自分の肩を押し返そうとする手を押し留めて、やわらかな喉元に歯を押し当てる。
「岩泉さんが気付くからですか?」
生理的なものなのか、あるいはこれから起こりくることに恐怖したのか、薄い喉の皮膚の下で、ひゅっと小さな音が鳴った。
「ここまでしたら、いくらあの人でも気付くでしょうね」
「…トビオちゃん、怒るよ、やめて」
強いて冷静な口調で彼はそう言ったから、その言葉を振り払って喉にキスをする。
「やめて、トビオちゃん、お願い、やめて、やめて、ヤメ」
薄い喉元の皮膚が震える。何度も同じ言葉で懇願が繰り返される。肩を掴む手の力が強くなる。

「ーーーーー!!」

血管が透けて見えるほど白い肌に思い切り噛み付いた。
ぷつりと皮膚の切れる感触と同時に、喉の奥で押し殺した声が上がる。
もっと深く、もっと深く歯を食い込ませようとした瞬間、肩を掴んでいた手が思い切り力を込めて自分を突き飛ばした。
バランスを崩して床に打ちつけられる。
庇いそびれた肩を強かに打って、鈍い痛みが走った。
何するんですか、と文句の一つでも言おうと思ったけれど、自分を突き飛ばしたその人はこちらに目もくれず、青い顔をして立ち尽くしていた。

彼はただただ恐ろしげに、不安げに、目を見開いたまま、恐る恐るという仕草で首元に手を伸ばした。
白い指が傷を探って喉に触れる。
はっきりと付いた歯型から血が滲む。
それは震える指先をみるみる汚していった。
赤く汚れた手を呆然と見つめて、彼は誰かの視線から隠すように、傷口を手で覆った。
今更そんなことをしたって無駄なのに。
そう告げるまでもなく、彼は絶望したようにずるずると壁に寄りかかった。
呼吸をすることもままならないようだった。

「…大丈夫ですよ、見せてください」

床にへたり込んだ彼と同じ視線に屈み込んで、いやだ、いやだ、と小さく繰り返すその手を無理やり引き剥がす。
じゅくじゅくと傷が熟れはじめたのをみとめて、白い喉にもう一度唇を寄せた。

「俺が治してあげます」

べろりと傷口を舐めると、どろっと血が流れ込んできた。
むせるような鉄の匂いが舌の上に広がって、その味をきちんと覚えておくために目を閉じた。


本当はもっときちんと傷つけたい。
傷つけて泣かせて全て奪ってしまいたいけれど、及川さんを傷つけられるのはあの人だけなのだ。
きっと、あの人はこの傷を許すんだろう。
すべてを知りながら、及川さんを許して、俺のことまでも許すんだろう。
そうしていつしかこの小さな傷が癒えたとき、すべてはなかったものとして葬られる。
この情動も、苦しさも、執着も、愛しさも、すべて。


トビオちゃん、と何故だか彼が名前を呼んだ。
トビオちゃん。トビオちゃん。
今にも泣き出しそうな声で、彼は自分の名前を繰り返す。
応えることはしなかった。
その代わりに、自分よりも大きな体に腕を回すと、ほどけないほど強い力で抱きしめた。
まだ血の匂いのする首筋に顔をうずめ、唇を噛み締めて、きつく目を瞑った。
一言でも喋ったら、こっちが泣いてしまいそうだった。



トビオちゃんと及川さんの関係に全部気づいてる岩ちゃんっていいなあと思います。
それが余計にトビオちゃんの首を絞めている…