朝練に起きる時間と同じAM5時。
スズメがチュンチュンと鳴いている気持ちのいい朝。
アラームの音で目を覚まして、俺は大きなあくびをした。
今日は日曜日。こんなに早起きできたけど、部活もない。
気分よく朝の光の中で思い切り伸びをしようとしたら、なぜか右手が動かなかった。
しかも、なんだかじめっと湿っていた。
嫌な予感がして横に視線をやると、隣の布団でトビオが寝ていた。
すぴーすぴーと間抜けな寝息を立てながら、トビオは俺の手を握っていた。

うわー勘弁。恋人同士かよ。
最高に嫌な顔を作って右手を引き抜こうとするも、トビオの手はようやく見つけた親の敵を逃がすまいというように、がっちりと俺の手を掴んでいる。
ズリズリと手を振り回してみたけど、一向に離れる様子はない。
俺は軽く途方に暮れた。

俺とトビオはただの他人だ。
ただお互いの部活の帰りに会って、時々は家に泊まりにきて、ダラダラと過ごしながら、ときどきセックスをする。
手なんか繋いだこともない。
だってそういうのは恋人同士がやるものでしょう?
俺たちはそういう関係じゃないんだから。

足でゲシッと蹴飛ばしてみたけれど、寝起きの悪いトビオはびくともしない。
ここまでして起きないなんてなんて鈍感なやつなんだ。
俺はおもむろに手を伸ばして、トビオの頬をつねった。
トビオは規則的な寝息を立てながらも、眉をぐにゃぐにゃ動かして不細工な顔をした。
笑いをこらえながら、次に鼻をきゅっとつまむ。
トビオがしばらく眉をしかめたあと、ゴッという豚の鳴き声みたいな声を出したから、俺は布団の上で転げ回った。
ひとしきりそうやって遊んで、布団の上で笑い転げて、何度かはーはーと呼吸をしてようやく息が落ち着いた。
これだけされたのに、トビオはまだ起きない。
相変わらず平和な寝息を立てて、口を開けた間抜けな顔で転がっている。
まるで何かを信じきっているような寝顔なのに、俺の右手をぎゅうぎゅう握りしめるその手は、少しも緩まなかった。
はあ、と大きなため息をついて、俺は繋がれた手を見遣った。

白くなるほど俺の手を握るトビオの手は、意外なことに俺の手よりも少し大きかった。
トスを上げ続けてきた手の内側はがっしりと厚くて柔らかい。
汗っかきだと思ってたけど、手までこんなに体温が高いと思わなかった。

「……そろそろ痛いよ。手、もう離してよ」

ぽつりと呟いたけれど、トビオは小さく身じろぎをしただけだった。
トビオの体温が移った手が熱かった。

ぜんぜん知りたくなかったな、と思う。
手が大きいことも、ぶ厚いことも、体温が高いことも、なんにも知りたくなかった。
お前は俺が性格が悪いから嫌い。俺はお前が天才だから嫌い。
それだけでいいんだよ、トビオ。
それなのに、なんでこんなことするの。
なんにも知らなければ手を振りほどくのだってずっと楽にできるのに。
こんなに強く掴まれたって、俺は同じ力で握り返すことなんてできないのに。
俺はなんだか悲しくなって、トビオから目をそらして、膝に顔を埋めた。

ねえトビオ。
お前は俺をどこに連れて行こうとしてるの。

そう小さく呟いたけれど、やっぱり答えは返ってこなかった。




いばらを撫でる
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